1949年11月3日、湯川秀樹にノーベル物理学賞が贈られることが決定。 これは日本人で初めてのノーベル賞受賞で、戦後日本に活況をもたらす。
湯川秀樹は1907年、東京の麻布に小川秀樹として生まれる。「湯川」は妻の姓で、結婚後に湯川姓を名乗る。 原子核内部において、陽子や中性子を互いに結合させる媒介となる中間子の存在を1935年に発表。